schedule - 2012.03 -

最後の追い込み
帰国の為のダカール最終上京が来週に近づき、やりたいことは山ほどあるけど、とりあえず案内板を仕上げたい。そして、とりあえず黒と白だけのシンプルな配置図には仕上げたい。が、結構苦戦。。産科責任者の棚も少しずつ。
 
病院配置図
セネガルで売っている筆の質が悪くてかなり苦戦。。看護師の後輩ボランティアと二人で製作するつもりだったが、途中からティエスボランティア(理数科隊員・小学校教諭隊員)の助けをかりて各部署の配置は本日終了。みんなありがとう。
 
各部署責任者5sインタビュー
各部署の責任者に5sについての四つの質問をして、フランス語とウォロフ語で答えてもらうインタビューを実行。ジャロと二人でデジカメとデジカメを置く台を持って各部署をまわり、音はボイスレコーダーを使ってちょっとクリアな音に。患者の付添人や病院前のタクシー運転手(写真右)にもインタビュー。左の写真はUrgences(救急病棟)責任者のアミナタ。
 

1.Connaisez vous les 5s?(5s知ってますか?)
2.Parles nous des 5s?(5sについて話して下さい)
3.Avez vous fait la formations sur les 5s?(あなたは5s研修を受講しましたか?)
4.Quel sont vos appreciation sur les 5s dans votre environnement de travail?(あなたの周りの5s状況は?)

 
いろいろ考えたがセネガルの文化では1(オン)0(オフ)がみんな解りやすいというのでこういう形にした。会議室の中と外の電気が並んでいて解りにくいのでINTERIEUR(内側)・EXTERIEUR(外側)の表示も。以前窓口待ち時間調査をして会計に時間がかかる現実をみんな理解してくれて、最近会計の前に案内人(写真右)がいるようになり、改善が少しづつ見えてます。
ニオロにて衛生・音楽活動
最後の衛生活動+音楽活動はニオロにしました。ニオロはティエスから200km程離れていて同期隊員が多く住んでいる場所。今日はニオロ中心街のステージで同期隊員と路上ライブ的な感じ。
 
ニオロ二日目
同期隊員(野菜栽培・看護師)と村を回ってきました。前回同様に看護師隊員が手洗いの指導を含めた紙芝居をして、音楽をみんなで歌うというスタイル。この活動も最後だな。。
 

インタビュー再開
朝からメンテナンス部長のマダムデューフが5s実行と言いながら倉庫を一人で片付けていた(写真左)、良い事です。配置図看板もジャロと考えながら修正。そして今日は呼吸器科・小児科・血液銀行で5sインタビュー。看護部長のインタビューもやっと撮る事が出来た。自分のプレゼンをジャロにウォロフ語にしてもらいとりあえずムービーを撮り終えた。がんばって今日中に終わらせるかな。。
 

小児科の壁も至る所に絵を貼って綺麗になってきた。情報処理のアリが張り紙を作ってくれていて、今日も得意げに「こんなの作ったけどどうだ?」と言ってくれます。
 
電気・電話・水道解約
今日もジャロと配置図を修正、灰色で道を塗ってみた。最終表敬ということでJICAのボランティア調整員が病院に来たり、電気・電話・水道を解約に行ったり、インタビューのムービーを編集したり、やっぱり最後は忙しい。というより最後まで忙しい。でもターラの家でご飯を食べる時間はゆっくり流れます。二階の廊下もだいぶ出来てきた。電気と電話は今日までの使用量を払うことが出来たが、水道は自分でメーターを見て、明日来いと言われた。そういえば契約する時もそうだったな。。日曜にダカール上京したいが日曜までの使用量をどうやって払おうか考えたが月曜にターラが全部やってくれるということで、最後までお世話になる感じです。。
 

今になって日本からの援助機器が5つ届いた。ジャロがとりあえずCoagulateurをインストール。任期中に使用者の為の予防メンテナンスが出来なくて本当に残念。。今日は自分の小さいパソコンをCDショップのバカリーにフランス語版ウインドウズ7を入れてもらい、ターラにあげました。
 

各部署5sインタビュー映像がとりあえず出来たが、1時間14分もある。。長いから切ろうかな。。
水道局・憲兵隊・役所・警察、5sインタビュー撮り直し
家の水道メーターを見て、日曜までいるから3m3上乗せして水道代金を払ってきた。あとの処理はターラにお任せです。その為に委任状を書いて警察のサインをもらってきた。ついでに憲兵隊と役所にも挨拶に行く。正面から撮ると怒られそうだから横から見た警察署(写真左)。映像が悪かったり、音が悪かった5sインタビューを何人か撮り直した。右の写真は病院食長のオマール、調理室で撮ってみた。
 
最後の出勤日
今日は病院最後の挨拶回り。病院の職員約500人ほぼ全員が自分を知ってくれて、自分の活動も理解してくれて、みんな「アルベーありがとう」と言ってくれて、アルベーがいなくなったら寂しくなると言ってくれる、、セネガルに来て良かった。。そしてこの病院に来て良かった。。自分が来た事は無駄じゃなかった。。みんなありがとう。この二年間は絶対忘れることはないだろうと思う。病院内で開いてくれた自分の送別会でのみんなのコメントを聞いて何回泣きそうになったか。。って事は少しフランス語上達したかも。少しだけど。。100枚近く写真を撮ったが少し載せようかな。
 
一緒に車でいろんなところに行った救急車運転手のモール、三日に一回くらい昼ごはんを一緒に食べたユッスー、そしてアッサン。右の写真はガルディアンのエラジとユッスー。

 
そしてメンテナンス部の仲間、左からラミンジャイ・ラミンバ・アリュー・アブライソウ・ンバイカ・アブライバッチリ、右の写真はンバイジャン・ヤッスィン。

 
同じくメンテナンス部のラミンジャイとウセイヌー、そして院長秘書のマリルイス

 
ターラと外来の責任者アワ、ガルディアンのエラジファイも

 
自分の送別会にて少しプレゼンをした。そして、メンテナンス部からの贈り物はセネガル服でした。

 
ウスマンがサプライズでシャツをくれた。院長からはセネガルの絵。でもこれ大きい、、日本に持って帰るのたいへんだな。。

 
最後にバブーからオフィシャルな病院Diplome(証書)が授与された。そして最後の仕事、病院案内図の設置。うん、良い。自画自賛。これで思い残すことはない。。あ、あるけど仕方ない。。

 
二年前初めて一緒に撮った病院の職員はメンテナンス部長のマダムデューフでした。最後もマダムデューフと一緒に撮り、活動終了です。二年間本当にお世話になったジャロが二人で夕飯を食べに行こうと誘ってくれて、最後の晩餐となった。


上の写真もそうだけど、自分の送別会を後輩隊員がムービーで撮ってくれました。後輩隊員のMaimounaにもいろいろお世話になった。ありがとね。また、送別会のお礼の手紙をウォロフ語に翻訳してくれた先輩隊員Maty MBAYE、いつもありがとうございます。フランス語が出来ない職員もいるので、みんなに理解してもらえたので本当に良かった。さよなら病院。
10 荷物整理・住宅局
11 最後にターラの家
12 最終上京日、首都ダカールへ
13 銀行口座抹消・濾過器返却
14 帰国前ブリーフィング・携帯アラーム・メガホン返却
15 日本大使館・DAT表敬訪問・プレゼン
16 セネガルJICA事務所にて最終報告会
17 JICA企画調査員宅へ
18 JICA企画調査委員(ボランティア)宅へ
19 保健省最終表敬・プレゼン
20 帰国
 AF719 ダカール発 23:40→ 2/21 6:05 パリ着
21 帰国
AF276 パリ発 13:35→
22 帰国
成田着9:10
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