第1章      研究目的

 

溶融亜鉛めっきは、鋼の防食用に広く用いられている。溶融亜鉛めっきを行う場合、鋼製亜鉛槽、めっき用治具、及び被めっき鋼材は、440℃〜460℃の溶融亜鉛に接することになる。この時、ある大きさの引張応力がはたらいている場合に、ぜい性き裂が発生し問題になることがある。鋼材が引張応力または残留応力のもとで溶融亜鉛に接触してき裂を生じる現象は、溶融亜鉛ぜい性として知られている。しかし、そのき裂発生のメカニズムについては十分に解明されていない。

 

溶融亜鉛ぜい化割れのき裂発生や伝播に関する研究については、数人の研究者によっていくつか報告されている。たとえば、中佐ら1)は軟鋼の溶融亜鉛ぜい性におけるき裂伝播挙動に関する研究のなかで、CT試験片を使用した溶融亜鉛浴内での引張試験により、き裂伝播速度の測定と光学顕微鏡及びEDXによる粒界拡散領域の観察を行っている。そして、溶融亜鉛中におけるき裂伝播速度da/dtは、いずれの試験温度でもJ積分の値が増加するほど増加すると述べている。また、き裂伝播に先立って、亜鉛の拡散領域が形成され、粒界拡散領域が長いほど、き裂伝播速度da/dtは大きいと述べている。また、中佐ら2)は高温度予き裂試験片の溶融亜鉛ぜい性に関する研究の中で、焼入れ焼戻しをした低合金鋼SNCM439及び合金工具鋼SKD6のCT試験片を使用した溶融亜鉛浴内での引張試験や、ソルト内での引張試験及び溶融亜鉛浴中での一定の荷重を加えた遅れ破壊試験を行っている。そして、溶融亜鉛中での最大荷重は塩浴中での最大荷重に比べかなり小さく、SNCM439の場合は、引張速度が小さいほど、溶融亜鉛浴の温度が高いほど、最大荷重は小さくなるが、SKD6の場合は引張速度や温度依存性は小さいことなどを述べている。また、中佐ら3)は軟鋼予き裂試験片の溶融亜鉛ぜい性に及ぼす引張速度、試験温度及び、フェライト結晶粒径の影響に関する研究の中で、CT試験片を使用した溶融亜鉛浴内での引張試験を行っている。そして、溶融亜鉛浴内では最大荷重は著しく低下するが、溶融亜鉛浴内での最大荷重はフェライト結晶粒径の影響はほとんど受けないことなどを述べている。あるいは、菊池4)は溶融亜鉛中における切欠き付き鋼板モデルの熱応力による液体金属ぜい化割れに関する研究を行い、切欠き先端部の見かけの応力拡大係数の最大値は、浸漬速度が速いほど減少することなどを述べている。しかしながら、溶融亜鉛ぜい化割れのき裂発生と進展状況について詳しく観察した報告は見られない。

また、液体金属ぜい化の機構については液体金属の粒界拡散説や、Eborall5)らの提案による表面エネルギー低下説、WestwoodKamdar6)による原子間力低下説などいくつかの考え方が提唱されている。しかし、ぜい化機構についてはまだ十分に解明されてはいないのが現状である。それらの中でも、特に日本においては溶融亜鉛ぜい化機構を亜鉛拡散説で説明している研究者が多く見られる。たとえば、金谷ら7)は低融点金属による鋼の割れに関する研究の中で、亜鉛の拡散侵入に及ぼす冶金要因及び応力の影響について研究を行っている。そして、溶融亜鉛ぜい化割れに及ぼす合金元素の影響について、亜鉛割れ感受性式を提案し、亜鉛拡散深さに及ぼすそれらの合金元素の影響とはよい対応を示したと述べている。山本ら8)はオージェ電子分光分析による粒界亜鉛ぜい性の研究を行い、粒界における亜鉛はFe-Zn合金として存在し、応力の存在下では濃化量によって種々粒界破断を起こすものと考えられていると述べている。中佐ら3)は軟鋼の溶融亜鉛ぜい性におけるき裂伝播挙動に関する研究を行っている。そして、軟鋼の溶融亜鉛ぜい性によるき裂伝播は、き裂先端に亜鉛蒸気が吸着し、粒界に沿って亜鉛が拡散し、き裂先端がぜい化分離するためと考えられると述べている。しかしながら、亜鉛が粒界拡散した場合の破断面が実際に粒界割れを生ずるのか、あるいは粒界拡散によって鋼の延性はどの程度低下するのかなどは明確にされていない。

そこで、本年度は、溶融亜鉛ぜい化割れのき裂発生過程と進展状態を検討するために、溶融亜鉛浴内で4点曲げ試験を行って得られた丸棒試験片と溝付試験片のめっきを除去し、それらの表面の観察を行うこととした。